高齢の家族が痰を出そうとしても、うまく外に出せず、苦しそうな様子を見せることがあります。そんな場面に遭遇すると、どう助けてあげればいいのか戸惑うものです。
痰が絡んで出せない状態が続くと、気道が狭くなり呼吸が苦しくなるだけでなく、細菌が繁殖して誤嚥性肺炎を引き起こす危険性があります。70歳以上の高齢者が罹患する肺炎の7割以上は誤嚥性肺炎とされており、日常の排痰ケアがとても大切です。
参照元:高齢化に伴い増加する疾患への対応について|厚生労働省
この記事では、姿勢の整え方から背中の叩き方、水分補給の工夫まで、家庭で実践できる排痰ケアの方法を解説します。基本的な知識を身につけ、できる範囲で見守ることで、家族が安心して過ごせる環境づくりにつなげましょう。
痰を出しやすくする姿勢と体位の整え方

痰は重力の影響を受けて移動する性質があります。仰向けの状態では背中側に痰が溜まりやすく、自力で排出することが困難になります。
体位を工夫することで、溜まった痰を気管の出口に向かって移動させ、咳と一緒に外へ出しやすくなります。これは「体位ドレナージ」と呼ばれ、医療現場でも広く用いられている排痰の基本です。
起き上がれる方と寝たきりの方それぞれの痰を出しやすくなるコツを紹介します。
起き上がれる場合は上半身を起こして前かがみにさせる
痰を出すときは、座った状態で上半身を少し前に傾けることで、肺の奥から気管に向かって痰が移動しやすくなります。
具体的には、椅子やベッドの端に腰かけ、両足を床につけた状態で、上体を軽く前に倒します。テーブルの上にクッションを置いて、そこに両腕を乗せるようにすると、比較的楽に姿勢を保つことができます。
前かがみの角度は、本人が苦しくない程度で構いません。ただし、あまり深く倒しすぎると呼吸がしにくくなるため、様子を見ながら調整してください。少しでも違和感が出た場合は、無理せず姿勢を戻しましょう。
座った姿勢を保てる方の場合、食後2時間以上経ってからこの姿勢でゆっくり深呼吸を繰り返すと、痰が上がってきやすくなります。胸やのどの辺りで「ゼロゼロ」「ゴロゴロ」と音が感じられたら、軽く咳をして痰の排出を促しましょう。
寝たきりの場合は横向きに寝かせて痰を移動させる
寝たきりの方の場合、毎回上体を起こしてタッピングを行うのは、本人にも介助者にも負担が大きくなります。そこで、体位変換を活用した方法が有効です。
横向きに寝る姿勢は、背中側に溜まった痰を移動させるのに役立ちます。長時間仰向けで過ごすと、重力によって背中側に痰が溜まりやすくなるためです。
痰が溜まっていると感じる側を上にして横向きになることで、重力に沿って、痰が気管の中央付近へ移動しやすくなります。急に大きく動かすと体に負担がかかるため、クッションやバスタオルを使って徐々に角度をつけていきましょう。
苦痛を訴える場合には無理に行わないようにしてください。
人間の体は、左右の気管支の角度が異なり、右側のほうが痰が溜まりやすい構造になっています。判断に迷うときは、右側を上にした横向き姿勢をとると、痰の排出を促しやすくなります。ただし、必ずしもすべての人に当てはまるわけではなく、心臓病や呼吸器疾患がある方は医師の指示が必要になる場合があります。
横向き寝のポイントとして、頭の位置は肺よりも低くならないように注意してください。上がってきた痰がのどに残り、不快感を覚えたり、痰を再び誤嚥してしまったりする危険があります。枕やクッションで頭の高さを調整しましょう。
背中の叩き方と排痰を促す介助の手順

姿勢を整えるだけでは痰が出にくい場合、背中への刺激を加えることで排痰を促すことができます。
振動や圧迫によって気道内の痰を剥がれやすくし、咳と一緒に外へ排出する手助けをするのが目的です。正しい方法を覚えて、安全に介助を行いましょう。
手のひらをおわん型にして振動を与えるタッピングの方法
タッピングとは、手のひらをくぼめておわん型にした状態で、背中をリズミカルに叩く方法です。手のひらの中央をくぼませることで、空気のクッションができ、心地よい振動を与えることができます。
指と指をそろえて手のひら全体をお椀のように丸め、痰が貯まっていそうな部分または背中全体を、手首のスナップを効かせてポンポンと軽く叩きます。力いっぱい叩く必要はありません。
1回の実施時間は5~15分程度を目安にしてください。長時間続けると本人の疲労が増すだけでなく、気道の粘膜を傷める可能性もあります。また、苦痛や不快感がある場合は無理に続けないようにしましょう。
参考:Manual Techniques|Bronchiectasis Toolbox
叩く位置の見つけ方と咳のリズムに合わせるポイント
タッピングを行う位置は、痰が溜まっている場所によって変わります。
身体を起こせる場合は前かがみの姿勢を、できない方は無理のない姿勢を取ってもらい、胸や背中で「ゼーゼー」「ゴロゴロ」と痰の音が感じられる部分があれば、そのあたりを中心に叩きます。
タッピングは、本人が咳をするリズムに合わせると効果的です。咳は、息を吸い込んで一瞬息を止めた後に吐き出す動作です。本人が咳をしたいときに「ゴホン」と言いながら咳をしてもらい、息を吐き出すタイミングに合わせてタッピングすることで、痰の排出を助けることができます。
呼気に合わせて胸郭を圧迫するスクイージングの方法
スクイージングは、息を吐くタイミングに合わせて、肋骨の上から胸郭を両手でやさしく圧迫する方法です。絞り出すような動きで気道内の空気の流れを速め、痰を中央の気管に向かって押し出すのを助けます。
横向き寝や座位の状態で、介助者は本人の背中側から両手を肋骨に当て、息を吐くときに肋骨が動く方向に沿ってゆっくり圧迫します。力を入れすぎると肋骨を傷める危険があるため、やさしく行ってください。
圧迫するときは、肋骨の動きに逆らわないことが大切です。息を吐くときに胸郭は自然に縮むので、その動きを手で補助するイメージで行います。
スクイージングはタッピングと組み合わせて行うことで、より効果的に痰を移動させることができます。
胸の痛みがある場合や肋骨骨折、骨粗しょう症、心疾患などがある場合は行わないようにしてください。また、異変があればすぐに中止し、医療機関に連絡してください。本人の体調や痛みの有無を確認しながら、無理のない範囲で行うことが重要です。
深呼吸のあとに強く息を吐くハフィングの手順
ハフィングとは、声を出さずに「ハッ、ハッ」と強く速く息を吐き出す方法です。咳よりも体への負担が少なく、のどを痛めにくいという特徴があります。
- ゆっくりと深く息を吸い込む
- 口を大きく開けて「ハッ、ハッ」と2〜3回、勢いよく息を吐き出す
- 軽い咳払いをして痰を出す
深呼吸は、体調や体力を見ながら、楽に吸える範囲で行いましょう。それから、強く短く、でも苦しくならない程度に勢いをつけて息を吐き、痰を気道の中央に向かって押し上げます。咳払いのタイミングで、上がってきた痰を口から出すイメージです。
ハフィングは、横向きに寝たままでも、座った姿勢でも行えます。起床時や就寝前など、時間を決めて習慣にすると効果的です。
排痰のための呼吸法や咳は、繰り返しすぎると疲労してしまい、かえって痰が出にくくなります。適度な回数と休憩を心がけましょう。焦らずゆっくり、本人のペースで取り組むことが大切です。
排痰介助を行う際の注意点
排痰ケアを行う際には、いくつかの注意点があります。安全に実施するために、以下の点を確認してください。
- 食後すぐの実施は避ける
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胃の内容物が逆流して誤嚥を起こす危険があります。食事から少なくとも2時間は空けてから行うのが望ましいです。
- バイタルサイン(血圧・脈拍・呼吸状態)を確認
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排痰ケアの前に体調を確認することは大切です。体位ドレナージや咳嗽介助では、体位変換、圧迫、呼吸負担がかかります。血圧が不安定な方や、意識状態が普段と違う場合は無理に行わず、医療職に相談してください。
- 体調不良、拒否感を訴えたら中止する
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ケア中に顔色が悪くなったり、苦しそうな表情を見せたりした場合は、すぐに中止して様子を見ましょう。
1日に行う回数は2〜3回程度、1回あたり20分以内を目安にすると、本人の負担を軽減できます。
痰を柔らかくする水分補給と室内環境の工夫
痰が硬くなると、気道の壁にへばりついて動きにくくなります。
水分を十分に摂り、室内の湿度を適切に保つことで、痰を柔らかくして排出しやすくすることができます。毎日の生活習慣として取り入れましょう。
こまめな飲水で痰の粘度を下げる
体内の水分が不足すると、痰の粘り気が増して硬くなります。硬くなった痰は気道に張り付いて動きにくくなるため、こまめな水分補給が欠かせません。
水分量が低下すると、痰の粘性が増すだけでなく、気道の繊毛運動も阻害されます。繊毛は細かい毛のような構造で、痰を喉に向かって運ぶ働きをしています。体が乾燥すると、この繊毛の動きが鈍くなります。
目安として、食事以外で1日1〜1.5リットル程度の水分を摂ることが推奨されていますが、体調や季節などによって必要量が変わります。また、心臓や腎臓に持病のある方は、医師の指示に従ってください。
一度にたくさん飲むよりも、起床時、食事の前後、入浴前後など、タイミングを決めて少量ずつ、こまめに摂るほうが効果的です。
加湿器や濡れタオルで湿度50〜60%を保つ
室内の空気が乾燥していると、痰が硬くなりやすく、気道の粘膜にも負担がかかります。部屋の湿度を50〜60%程度に保つことで、痰の排出がスムーズになります。
加湿器を使用する場合は、こまめに水を替え、定期的に清掃することが大切です。手入れを怠るとカビや雑菌が繁殖し、それを吸い込むことで別の健康被害を招く恐れがあります。
加湿器がない場合は、濡れタオルを室内に干したり、洗面器に水を張って部屋に置いたりするだけでも効果があります。観葉植物を置くことも、自然な加湿につながります。
湿度計を部屋に設置しておくと、適切な湿度を維持しやすくなります。乾燥しやすい冬場は特に意識して加湿を心がけてください。
温かい飲み物や入浴後の蒸気を活用するタイミング
温かい飲み物を摂ると、気道が潤い、痰が柔らかくなって動きやすくなります。白湯やハーブティー、温かいスープなどがおすすめです。
また、はちみつを入れると、粘膜を保護し、のどの刺激を和らげる作用が期待できますが、高カロリーなので取り過ぎには注意しましょう。
入浴後は浴室の蒸気で気道が十分に加湿された状態になっています。このタイミングで深呼吸やハフィングを行うと、痰を出しやすくなります。入浴が難しい方は、蒸しタオルを顔に当てて蒸気を吸い込むだけでも効果があります。
温かい物を飲むタイミングは、排痰ケアを行う30分〜1時間前が理想的です。ゆっくり飲みながら体を温めて気道を潤し、痰の排出を促す準備を整えましょう。
ただし、熱すぎる飲み物はのどを傷める原因になります。「少し温かい」と感じる程度の温度で摂取してください。
高齢者が痰を自力で出せなくなる原因と放置するリスク
高齢になると、なぜ痰を出しにくくなるのでしょうか。その背景には、加齢に伴う身体機能の変化があります。
原因を理解することで、日頃からの予防意識も高まります。
加齢に伴う呼吸筋力の低下と咳反射の衰え
高齢になると、呼吸に関わる筋肉の力が弱くなります。肺を動かす横隔膜や、肋骨を動かす肋間筋などの「呼吸筋」が衰えると、深く息を吸い込んだり、勢いよく吐き出したりすることが難しくなります。
加齢とともに胸郭は硬くなり、呼吸筋力も低下するため、肺活量が減少します。その結果、咳をするときに十分な気流を作り出せず、痰を押し出す力が弱くなってしまうのです。さらに、高齢者では「咳反射」も鈍くなります。
異物が気管に入ったときに自動的に咳をして排出しようとする体の防御反応
咳反射が弱くなると、気管に入った痰や異物を無意識のうちに排出することができなくなります。
気道に痰が溜まり続けると起こりやすい体調の変化
痰が気道に溜まり続けると、空気の通り道が狭くなって息苦しさを感じるようになります。呼吸がしづらくなると、体全体の酸素供給が不足し、だるさや食欲低下といった症状が現れることもあります。
また、体内の痰は高温・多湿の環境にあるため、細菌が繁殖しやすい状態です。溜まった痰の中で細菌が増えると、気管支炎や肺炎などといった感染症を起こすリスクが高まります。
特に夜間は唾液の分泌が減り、無意識のうちに少量の唾液や痰が気管に入りやすくなります。これを「不顕性誤嚥」と呼び、本人に自覚がないまま繰り返されることで、誤嚥性肺炎の発症につながります。
細菌の繁殖による誤嚥性肺炎を防ぐための口腔ケア
誤嚥性肺炎を予防するためには、口の中を清潔に保つことが欠かせません。口腔内には多くの細菌が存在し、特に歯垢には肺炎の原因となる菌が多く含まれています。
口腔ケアによって口の中の細菌数を減らしておけば、たとえ誤嚥が起きても、肺炎を発症するリスクを下げることができます。口腔ケアによる肺炎予防効果は、複数の研究で報告されています。
参照元:Oral care reduces pneumonia in older patients in nursing homes|PubMed
毎日の歯磨きを丁寧に行い、歯と歯茎の境目や舌の表面も清掃しましょう。入れ歯を使用している方は、入れ歯自体の清掃も忘れずに行ってください。就寝前の口腔ケアは特に念入りに行うことが大切です。歯磨きが難しい場合は、ガーゼ清拭をすることも可能です。
唾液には口腔内の自浄作用があります。食事の前に口の体操をしたり、唾液腺をマッサージしたりして唾液の分泌を促すとよいでしょう。
家庭での対応が難しいときの相談先と受診の目安
家庭でのケアを続けていても、痰の状態が改善しなかったり、他の症状が加わったりした場合は、医療機関への相談が必要です。
受診の目安となるサインを知っておきましょう。
痰の色や量がいつもと違う場合に考えられる体調の変化
健康な状態では、痰は無色透明か白っぽい色をしています。痰の色が変わったときは、体の中で何らかの変化が起きているサインかもしれません。
黄色や緑色の痰は、細菌感染の可能性を示しています。白血球が細菌と戦うことで、このような色になります。風邪の治りかけにも見られますが、1週間以上続く場合は医療機関を受診しましょう。
茶色や赤みがかった痰は、古い血液や気道からの出血が混じっている可能性があります。血痰が見られた場合は、量の多少にかかわらず、早めに受診することをおすすめします。
痰の量が急に増えた場合や、強い臭いがする場合も、感染症が進行しているサインかもしれません。普段との違いに気づいたら、かかりつけ医に相談してください。
呼吸困難や発熱を伴うときは早めに医療機関へ相談する
痰に加えて発熱や呼吸困難がある場合は、肺炎などの感染症が疑われます。特に高齢者は症状が急速に悪化することがあるため、早めの受診が大切です。
以下のような症状がある場合は、すみやかに医療機関を受診してください。
- 38度以上の発熱が続く
- 息苦しさを感じる、呼吸が速くなる
- 顔色が悪い、唇や爪の色が紫っぽくなる
- 食欲がなく、ぐったりしている
- 意識がぼんやりしている
高齢者の肺炎は、高熱が出にくかったり、咳が目立たなかったりすることがあります。「なんとなく元気がない」「食事量が減った」といった普段との違いにも注意してください。
訪問看護や介護サービスで受けられる排痰ケアの内容
家庭での排痰ケアが難しい場合は、訪問看護や介護サービスを利用することができます。専門職による適切なケアを受けることで、安全に痰の管理を行うことが可能です。
訪問看護師は、体位ドレナージやタッピング、スクイージングなどの排痰ケアを実施できます。また、痰の状態を観察し、医師への報告や受診の判断も行ってくれます。
2012年の法改正により、一定の研修を修了した介護職員も、医師の指示のもとで喀痰吸引を行えるようになりました。自力で痰を出すことが困難な方には、吸引器を使って痰を取り除くケアを受けることができます。
排痰ケアについて相談したい場合は、かかりつけ医やケアマネジャーに相談してください。状態に合わせた適切なサービスを紹介してもらえます。
